※ この物語はフィクションです。
平和が続くほど、人は体の小さな遅れを見逃す。信号を渡りきれない歩幅、エレベーターを待つ長さ、朝の支度の一拍。スロウモーションマンは、そこに砂を落とした。
電池を拾った夜から、平和は長すぎるほど静かだった。りょうたの眼鏡が、窓の外を何度も測る。習慣で人を止める男が、同じ電池で何度も来るなら、次は時間の感覚そのものを遅らせるはずだ。予測は、また当たった。
信号機のログに、異常はなかった。異常がない交差点で、人が遅れる。遅れる感覚は、主観だ。主観が同時に百人分ずれると、主観ではなくなる。砂時計の砂は、上に溜まったまま落ちない。落ちない砂を、りょうたは振らなかった。振れば、証拠が崩れる。
第5話の竜は時間をねじった。第11話のスライムは時間を遅らせる。向きが違うだけで、同じ系統だ。系統が見えると、次の手が読める。読める手を、相手も読む。読み合いが、この街の新しい天気だった。
遅れる歩行者
交差点の人が、途中で止まる。信号は変わっている。足だけが、遅れて届く。マントをなびかせた時計のスライムが、針を舌のように伸ばしていた。スロウモーションマン。
「新しい敵だ。早く」
たえの声も、空気の粘度に負けて、半拍遅れた。歩くことが、水の中の歩行になる。怠けではない。時間そのものが、シロップだった。
五人の体は重い。グローブを上げるのに、息が二回いる。けんたは、それでも言った。
「体が遅くても、心は速く動かせる」
時計の顔が近い。ローマ数字が牙に見える。針が、五人の足首を巻く。第5話の竜は時間をねじった。今度は、時間を遅らせる。系統は同じで、向きが違う。
けんたの波が遅い空気を掻き、りょうたの拳が針の根本を狙う。
「アンカレ・タイムブレイク」
文字盤にひびが入る。世界のコマ送りが、一段階戻る。信号が正しい色で点き、人々が自分の歩幅を思い出す。
スライムの中から、小さな砂時計が出てきた。中の砂は、上に溜まったまま落ちない。りょうたはそれを手帳の横に置いた。止まない砂は、動かない街の、別の表現だ。
落ちない砂
信号機のログに、異常はなかった。異常がない交差点で、人が遅れる。遅れる感覚は、主観だ。主観が同時に百人分ずれると、主観ではなくなる。
スライムの中から出てきた砂時計は、上に砂が溜まったまま落ちない。りょうたは振らなかった。振れば、証拠が崩れる。崩さない証拠を、手帳の横に置いた。止まない砂は、動かない街の、別の表現だ。
第5話の竜は時間をねじった。この回のスライムは時間を遅らせる。向きが違うだけで、同じ系統だ。系統が見えると、次の手が読める。読める手を、相手も読む。読み合いが、この街の新しい天気だった。
落ちない砂は、時間の異常ではなく、決められない心の形に似ていた。けんたは時計を見るのをやめ、待つのをやめた。決めた一歩だけは、誰にも遅らせられない。
時が戻った交差点で、人々は自分の歩幅を思い出した。思い出した歩幅を、りょうたは褒めなかった。褒めるのは、再現しなくなったジャブだけだ。街の歩幅は、まだ証拠にならない。ならない歩幅の下で、砂は落ちないまま残った。
未解決記録
砂時計は人の動作ではなく、決めかねた瞬間にだけ遅れた。白い点は体を止める前に、判断が止まる長さを測っている。
