※ この物語はフィクションです。
楽して痩せたい、は悪ではない。忙しさの中で少しでも早く変わりたい願いだ。ミラクルコーチは、その願いを笑わず、だからこそ一番ずるい形で利用した。
手帳の最後の行は、当たった。次は画面だった。拳で来る敵ではなかった。微笑んで、届く敵だった。
若者の部屋は、実際に狭かった。ふかまっくすが公開情報から住所を辿り、りょうたが訪ねる前に、外から窓を見た。モニターが三台。カップ麺の殻。広告の顔は、自分の顔だ。自分の顔を、自分で売っている。自覚がない、というより、自覚の置き場がない。
改心は、劇的ではなかった。拳が緩んだだけだ。緩んだ拳を、ミットが受けた。受けた側の熱が、画面の熱より大きかった。協力者は、回収できる。回収できない本体は、画面のさらに奥にいる。
楽して痩せる
数週間後、ふかまっくすがタブレットのスクロールを止めた。同じ顔の広告が、タイムラインを埋めている。「楽して痩せられる」。飲む、貼る、寝る。汗の文字がない。
「また始まった」
ため息が、ジムのエアコンの音に溶ける。たえが画面を覗き込んだ。広告の男は若く、目だけが疲れている。
「この人、信用できるのか。ミラクルコーチ、だって」
りょうたはサンドバッグの横にモニターを並べた。ドメイン、決済、同じ写真の使い回し。巨大な組織の匂いではない。一人の部屋から、福岡中へ「楽」が配られている。効率という言葉が、かつての自分の口から出ていたことを、彼は思い出した。
正体は、一人の若者だった。ゆうすけが首を傾げる。
「こんなに若くして、何を考えているんだろう」
五人は、若者をキックボクシングジム「アンカレッジ」へ呼び出した。拳で潰すためではない。話を聞くためだ。生活習慣病団は、協力者を必要とする。協力者は、悪の自覚がないことが多い。
問い詰め
壁の画面には、まだ痩せ薬のバナーが残っている。若者はグレーの服のまま、りょうたときんたの前に立った。拳は握っている。目は、逃げていない。
「人々が楽をして成功する方法を求めている。それを提供しているだけだ」
声は冷静だった。りょうたは、かつての自分の効率の話を、そこに聞いた。
「短期的な成功かもしれない。長期的には、人の健康を害する」
けんたが続けた。
「正しい方法を、学ぶべきだ」
沈黙は長かった。広告の光が、若者の頬を青白くする。やがて彼は、拳を緩めた。
「わかった。やめる。正しい健康法を教えてくれ」
バナーは消えた。若者は改心し、アンカレッジの隅で、ジャブの形から学び始めた。たえが笑った。
「仲間が増えた」
りょうたは手帳を開いた。協力者は、回収できる。本体は、まだ回収できていない。リモコンの男は、若者を使い、自分は画面の向こうにいた。次は、子どもだと、たえが先に気づいた。子どもは、動かない街の、一番長い未来だからだ。
回収
若者の部屋は、実際に狭かった。モニターが三台。カップ麺の殻。広告の顔は、自分の顔だ。自分の顔を、自分で売っている。自覚の置き場がない。
改心は、劇的ではなかった。拳が緩んだだけだ。緩んだ拳を、ミットが受けた。受けた側の熱が、画面の熱より大きかった。協力者は、回収できる。回収できない本体は、画面のさらに奥にいる。
りょうたは、効率という言葉がかつての自分の口から出ていたことを、若者の声の中に聞いた。聞いたことを、責めなかった。責めるより、床を見せる。床を見た者が、画面を消す。消えたバナーのあとに、ジャブの形が残る。
若者が広告を消したあと、画面には空白が残った。空白は失敗ではない。自分の体に戻るための、最初の余白だった。
たえが「仲間が増えた」と言ったとき、りょうたは手帳を開いた。協力者は回収した。本体は回収していない。次は子どもだと、たえが先に気づいた。子どもは、動かない街の、一番長い未来だからだ。気づきを、彼は否定しなかった。
未解決記録
同じ広告は福岡中へ届いた。それでも、りょうたの画面にだけ一度も表示されていない。選ばれなかったのか、最初から対象に数えられていないのか。
